大分地方裁判所 昭和54年(わ)305号 判決 1980年2月28日
本籍
大分県下毛郡山国町大字小屋川四七八番地
住居
中津市中殿三丁目二八五番地
医師
梶原直
昭和二年一一月三〇日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は検察官小池洋司出席のうえ審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役一〇月及び罰金一、二〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
この裁判の確定した日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、大分県中津市大字中殿二八五番地において、梶原病院の名称で病院を営んでいるものであるが、所得税を免れようと企て、架空の人件費あるいは福利厚生費の水増計上をする等して所得を秘匿したうえ
第一 昭和五一年分の総所得額が一億六〇六万四、七三八円で、これに対する所得税額は六、三九一万八、二五〇円であるのにかかわらず、昭和五二年三月一五日ころ、中津市殿町二丁目一、四二五の二中津税務署において、同署長に対し、みなし法人課税を選択したうえ、みなし法人所得金額が一、〇三五万九、五三六円、総所得金額が二、二二九万九、三二一円で、これらに対する所得税額は合計一、〇〇三万九、三一五円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出して確定申告期限である同月一五日を徒過し、もって、不正の行為により正規の所得税額と右申告税額との差額五、三八七万八、九〇〇円(一〇〇円未満端数切捨後の金額)を免れ
第二 昭和五二年分の総所得金額が九、〇三四万四、九八二円で、これに対する所得税額は五、一三八万九、四三五円であるのにかかわらず、昭和五三年三月一五日ころ、前記中津税務署において、同署長に対し、みなし法人課税を選択したうえ、みなし法人所得金額が一、四四六万八、〇五六円、総所得金額が二、四六七万八〇〇円で、これらに対する所得税額は合計一、二〇七万二、一九八円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出して確定申告期限である同月一五日を徒過し、もって不正の行為により正規の所得税額と右申告税額との差額三、九三一万七、二〇〇円(一〇〇円未満端数切捨後の金額)を免れ
たものである。
(証拠の標目)
判示事実全部について
一 被告人の当公判廷における供述
一 被告人の大蔵事務官に対する質問てん末書五通
一 被告人の検察官に対する供述調書
一 大蔵事務官作成の査察官調査事績書三二通
一 大蔵事務官作成の「梶原直の青色申告の承認の取消し決議書等の写しの送付について」と題する書面
一 次の者の作成した「証明書」と題する書面
小金丸文男、新武憲(二通)、安部丈二朗、吉野一彦、巽謙二、小形昌人、二宮義幸(四通)
一 次の者の大蔵事務官に対する各質問てん末書
安藤安美、吉田忠行、梶原学(五通)、安部丈二朗、松田英徳、木村由紀子、辻村恵治、廣澤正久、福島駿、富田哲生、松尾純夫、小村順一、千葉武彦、野口哲彦、林田哲介、竹内清旦、香月玄洋、小河美博、豊島忍、黒岩光、西郡広道、小深田盛一、本多哲夫、東博治、田尻正博、平山長一朗、佐々木志朗、喜多隆昭、梶野良子、平野香代子、梶原正、梶原あさ茅(二通)、松本仁告(二通)、西野雅俊、新武憲(一五通)、三重野健作(八通)
一 次の者の各上申書
松井博(二通)、永田明、吉田忠行、奈木野虎勝、梶原学、三重野健作、平山長一朗(二通)、龍忠彦、山本満乃、辻村恵治、守田宏平、斎藤真知子、中野睦代、坂本富恵、堤美千代、田中照美、原好子、二宮義幸
一 大分地方検察庁検察官作成の「期末たな卸高について報告」と題する書面
一 大蔵事務官作成の「電話連絡せん」と題する書面
一 北九州東芝レントゲン販売株式会社北九州営業所作成の「納品書」の写し
一 大蔵事務官作成の検査てん末書二通
一 九州厚生年金病院人事係長作成の在職証明書
一 大蔵事務官作成の「梶原直の調査書類の送付について」と題する書面
一 上野幸子、上野操、永富和子、車田シズノ、溝口シズエ作成の「回答書」と題する各書面
一 宇佐市長作成の戸籍謄本
一 梶原学、新武憲(二通)、三重野健作(二通)の検察官に対する各供述調書
判示第一の事実について(以下において、たとえば甲45とは証拠等関係カード甲号証番号45の証拠を示す)
一 検察事務官作成の「証拠品写の作成顛末書」と題する各書面(甲45、51、52、甲59ないし61、甲115、117)
一 押収してある所得税確定申告書(昭和五一年分-昭和五五年押第六号の1)
判示第二の事実について
一 検察事務官作成の「証拠品写の作成顛末書」と題する各書面(甲27ないし37、甲46ないし49、甲54ないし56、甲62ないし64、甲69ないし72、甲116、118及び119)
一 押収してある所得税確定申告書(昭和五二年分-昭和五五年押第六号の2)
(法令の適用)
被告人の判示各所為は、いずれも所得税法二三八条一項に該当するところ、懲役刑と罰金刑とを併科することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第一の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については免れた所得税額がいずれも五〇〇万円を超えるので、所得税法二三八条二項により罰金額は免れた所得税額に相当する金額以下とし、刑法四八条二項により各罰金額を合算し、その刑期および罰金額の範囲内で被告人を懲役一〇月及び罰金一、二〇〇万円に処し、右の罰金を完納することができないときは、同法一八条により金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、後記情状により、同法二五条一項を適用して、この裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予することとする。
(量刑の理由)
本件は、中津市内で有数の総合病院を経営する被告人が、身体障害児の治療施設を立ち遅れている県北地区に建設しようとして、その資金を捻出蓄積するため、同病院事務長三重野健作からの進言を容れ、経理主任新武憲らの協力を得たうえ、架空経費を計上するなどして被告人の所得の一部を隠匿し、脱税をなしたというものであるが、起訴された昭和五一年および昭和五二年の二年間のほ脱額だけでも合計九、三〇〇万円余にものぼる多額脱税事案であって、この種事案の罪質に加え、時効の関係で起訴は免かれたが、すでに昭和四九年から計画的に脱税を継続しており、人件費の水増計上など所得隠ぺいの態様も相当悪質で、かつ一部(例えば株式会社ケンコーからの割戻し分)については被告人自ら画策するなど看過できない事情もあるほか、医師という社会的地位の高い被告人によつて行なわれたものであるだけに、社会に与えた影響も大きく、その刑責は重大であるといわなければならない。
しかしながら、一方、本件は前記のとおり身体障害児センター建設という目的のためになされたものであり、それも被告人自身その三男が重度肢体不自由者であるところ、一障害者の親という立場を超え、医師として障害者のための施設を造ることこそ責務であると認識し、その強い使命感からやむなく非常手段に訴えたものであること、所得の隠匿にしても、被告人が細部にわたつて指揮したというものではなく、むしろ事務長らの発案、操作によるところが大きいこと、被告人は本件後、所得税本税のほか重加算税を完納し、このことは、税ほ脱者の当然の義務であるとはいえ、それなりに有利に評価し得ること、さらに、経営難という事情があるにせよあえて弁護人を選任しないまま裁きの場に臨み、本件の非を卒直に認めるなど反省悔悟の気持も顕著であること、そして、自らの行為の当然の報いにしろ裁きを受ける身となり、それが大きな蹉跌となつた現在においても、なお所期の目的を達するため初志を貫く覚悟である旨述べるなど被告人にとつて酌むべき事情も認められる。当裁判所は以上のほか一切の事情を考慮して主文のとおりの刑の量定した次第である。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 森野俊彦)